大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成3年(行ウ)3号 判決

主文

一  被告が昭和六三年一一月八日付けでした、原告の同年一〇月二六日付け勤務条件に関する措置の要求に対する決定のうち、要求の趣旨4に係る要求につき、これを取り上げることができないとした決定は、これを取り消す。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の、その余を被告の各負担とする。

理由

一  請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

二  地公法四六条にいう勤務条件の一般的意義について、先ず検討する。

1  憲法二八条は、同法二五条に定めるいわゆる生存権の保障を基本理念とし、勤労者に対して人たるに値する生存を保障すべきものとする見地に立ち、経済上劣位に立つ勤労者に対して実質的な自由と平等とを確保するための手段として団結権、団体交渉権及び争議権の労働三権を保障した規定であるが、一般職に属する地方公務員すなわち職員については、地公法五五条二項及び三七条により労組法の適用が排除され、団体協約締結権及び争議権が否定されている。地公法四六条の趣旨は、右のとおり、労働基本権を一部制限したことに対応して、職員の勤労条件の適正を確保するため、議会の議決による条例で定めることを基礎としつつ(同法二四条六項)、職員団体との交渉によつて職員の意見を十分に聴くこととしてこれを補完する(同法五五条)とともに、職員の勤務条件につき人事委員会等の適法な判定を要求し得べきことを職員の権利ないし法的利益として認めることにより、その保障を強化しているものである。すなわち、人事委員会等に対する措置要求の制度は、職員の労働基本権制限の代償として設けられたものである。

したがつて、地公法四六条にいう勤務条件とは、右制度趣旨に鑑み、職員が地方公共団体に対して自己の勤務を提供し、または、その提供を継続するか否かの決心をするに当たり、一般的に当然考慮の対象となるべき利害関係事項を意味するものであり、給与、勤務時間、休暇等職員がその勤務を提供するに際しての諸条件のほか、宿舎、福利厚生に関する事項等勤務の提供に関連した待遇の一切を含むものということができる。

2  ところで、被告は、地公法五五条三項にいう「地方公共団体の事務の管理及び運営に関する事項」(いわゆる管理運営事項)は措置要求の対象から除かれると主張する。

同項は、地方公共団体の当局と職員団体との交渉において、管理運営事項は交渉の対象とすることができないと規定するが、右規定は、管理運営事項は法令に基づき権限を有する地方公共団体の機関が自らの責任を処理すべきものであり、これを私的利益のための団体である職員団体と交渉して決めるようなことがあれば、法治主義に基づく行政の本質に反するとの趣旨から出たものと解される。他方、人事委員会等は、給与、勤務時間その他の勤務条件、福利厚生制度その他職員に関する制度について研究を行い、その成果を地方公共団体の議会等に提出すること(地公法八条一項二号)、職員に関する条例の制定等に関し地方公共団体の議会等に意見を申し出ること(同三号)、人事行政の運営に関し任命権者に勧告すること(同四号)等の権限を有するものであり、人事委員会等は、措置の要求があつたときはその判定の結果に基づいて当該事項に関し権限を有する地方公共団体の機関に対し必要な勧告をするものとされている(同法四七条)のであるから、人事委員会等が関与する地公法四六条の措置の要求においては、同法五五条三項にいう管理運営事項であるからといつて、その一事により一切対象事項とすることができないと解する必然性はなく、管理運営事項に該当する場合であつても、同時に職員の勤務条件に関する事項として措置要求の対象とすることができる場合があると解すべきである。

3  この点につき更に考察するに、一般の労働者の場合、従事する労務の内容そのものが労働条件に当たると考えて特に問題はないが、地方公務員が職務に従事する場合、その職務は地方公共団体の事務の執行としての性格を有すると同時に、当該公務員にとつては勤務条件としての側面を有するという関係にあり、この二つの側面をどのように調和させるかが問題である。すなわち、地方公共団体の事務の執行は法令に基づいて管理運営されるべきものであるところ、この面のみを強調し得ないことは前記のとおりであるが、他方、広く事務執行のあり方自体を当該公務員にとつての勤務条件として捉え、これを措置要求の対象とすることも、法令に基づき権限と責任を有する機関の行為につき、人事委員会等が無限定的に干渉する道を開くことになるから相当でなく、この観点からみて、地公法四六条にいう勤務条件は、同条が例示するところの給与、勤務時間のほか、勤務環境、休暇等を含む広い意味での職員の待遇に関する事項に限られると解すべきである。そして、この意味での勤務条件に関するものである以上、それが管理運営事項を直接問題にするものであつても措置要求の対象とすることを妨げないと解される。

三  そこで、本件各措置要求事項が、地公法四六条の「勤務条件」に該当するか否かについて検討する。

1  本件措置要求<1>について

(一)  《証拠略》によれば、原告は旭野高校の昭和六三年度の授業において、「理科1」を一年生(四クラス)に対し週八時間、化学を二年生(四クラス)に対し週八時間担当していたが、二学期において、教科書にある実験あるいは補充授業を物理実験室ですることを計画したところ、正規の授業前の零時限では他教科の補習授業が、授業後においては囲碁・将棋部がそれぞれ同実験室を利用していたため、右計画を実施することができず、その改善方を要求したが一向に埒があかなかつたため本件措置要求<1>の要求をしたことが認められる。

(二)  学校施設である教室の使用方法に関することは、校長のつかさどる校務の一つであるところ、右認定事実によれば、原告は、校長が承認した他の教師による物理実験室の使用によつて、原告が実施したいと考えた理科の補充指導や実験準備を十分に行えなかつたことを認めることができる。

原告にとつて、物理実験室使用についての右不自由さは、広い意味での勤務環境の問題といえないこともないが、本件措置要求<1>の理由として原告が述べる点は、結局、教育実践についての批判であつて、原告自身の待遇の問題ではないといわざるを得ないから、措置要求制度による救済にはなじまない問題といわざるを得ない。

2  本件措置要求<2>について

校長は、学校運営について最終的な意思決定を行い、その責任を負うもの(学校教育法五一条、二八条三項)であり、教職員は校長の指示命令に従つてその職務に従事するものである。ただ、学校運営の実際において校長が意思決定をするに当たつて、事項によつては教職員の意思を徴しそれを参考にした方がより適切な場合もあり、また、学校運営を教職員全員の協力のもとに行うためには、教育方針や行事内容について周知徹底を図つたり、情報や意見を交換することが必要な場合もあり、職員会議は、このような観点から学校に設けられた内部的機関であつて、校長の校務を補助するためのものであり、したがつて、校務遂行に当たつて職員会議を開くかどうかは、専ら校長の判断に委ねられているものである。

ところで、本件措置要求<2>は、山北校長に対し、学校行事を計画するに当たつて職員会議を開き、職員の意見を聴くべきことを求めるものであるところ、学校行事はそれが職員の勤務時間等に影響する場合のあることは否定しがたいが、一般的には学校運営と深く関連するものであるから、学校行事の計画に当たつて職員会議を開くこと自体を勤務条件の問題とすることは相当でない。したがつて、右要求は未だ勤務条件に関する措置を求めるものとはいえない。

3  本件措置要求<3>について

業者テストを行わないことの要求は、校長の教育実践に対する批判に基づくものであつて、原告自身の待遇に関する問題ではない。もつとも、原告は、業者テストの試験監督を命じないことをも求めているから、この限度において勤務条件に関する要求を含むかのようであるが、それは教育実践の面からの業者テストに対する強い批判の表現と解すべきものであつて、試験監督に従事することにより勤務時間等の面に不都合が生ずることをいうものではないと認められるから、本件措置要求<3>はいずれも勤務条件に関するものということはできない。

4  本件措置要求<4>について

勤務時間の割振りの問題は、本俸支給の対象となる正規の勤務時間の決定であり、勤務条件の問題であるから、措置要求の対象となり得るものである。ところで、原告が本件措置要求<4>において求めた事項は、勤務時間の割振り又は変更そのものについてではなく、それを変更しようとするときの手続及び変更したときの周知方法についての改善であるところから、被告はそれが一般に校長の権限と責任において行うべきこと、すなわち管理運営事項に属するとして措置要求の対象とならない旨主張する。

しかしながら、管理運営事項ということから直ちに措置要求の対象にはならないとはいえないことは前記のとおりであり、また、原告は要求の趣旨として変更手続及び周知方法の改善を求めているが、理由においては具体的な割振り変更についての不服を述べており、職員会議の尊重等を一般的に求めているものではないから、全体として右勤務時間の割振りに関しての措置の要求とみて、実質審査に入るのが相当である。

5  以上によれば、本件決定のうち、本件措置要求<4>(要求の趣旨4)を地公法四六条にいう勤務条件に関する措置の要求に該当しないとの理由でこれを取り上げないとした部分は、違法であり取消しを免れないが、その余の部分に違法はない。

四  よつて、原告の請求は主文第一項の限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水信之 裁判官 遠山和光)

裁判官後藤真知子は転補のため署名捺印することができない。

(裁判長裁判官 清水信之)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例